男は、本を閉じる。
「……あのひとは、来ない」

 男は、自分の呟きに苛立ったように先ほど閉じた本を開く。
 視線は忙しなく活字を追うけれど、集中力が切れているのが傍目にも分かってしまう。あれでは内容が頭を滑っていってしまうことだろう。

 室内は暗い。等間隔で壁に設置された照明と、読書灯で、企みごとと読書には不自由がないけれど。
 それでも、青みを帯びた月明かりは、葡萄畑のように立ち並ぶ書架の足元まで延びて、格の違いを見せ付ける。
 この世界は、玉輪さえも、デタラメに姿形、そして高ささえも変えてしまう、それ。
 何の基準にもならない。けれども、娥影は今、月が随分低い位置にあり、その姿を細らせた姿を想像させるが、男にはそれすらも興醒めさせるものだったようだ。


「…………退屈だ」
 折角開いた本だが、再び閉じて、書架に戻す。
 普段は手袋で隠してはいるが、ゴツゴツとした手を汚すことを厭わない彼の指先が、書架に並んだ背表紙をついと横薙ぎに撫で、ある本の前で止まる。

「………………」
 さほど大きくない、装丁もさほど金銭をかけたとはいえない本。それを人差し指で引っ掛けて取り出し、些か乱暴にパラリとめくる。

 男はこの反倫理的ともいえる、古い話が好きだった。
 遠い東の国の話で、焚書の憂き目にも遭いながら、それでも護られたこの話。


  普通の、少女の話だった。
  恋人が居て、小さなコンプレックスを抱えながらも、ささやかながら毎日奮闘して。
  しかし、ある時、彼女の平和な日常は瓦解する。
  命のやりとりが無いだけ、ぬるい日常だと感じるが、それでもこの閉じた世界に生きた主人公にしてみれば、理解の範疇を超えていただろう。
  そして、読み手として、男は自分はまだ選んだことのない選択を、主人公がしたことに衝撃を感じて、全てを書かずに結末を迎えた。


「…………その後、か」
 きっと、主人公の倖せは長くは続かない。

「…………束の間であっても……か。 やれ、感傷とは、我ながら気色悪い。 荒くれ者らしく手に入れるのが私のやり方のはずだが」
「ブラッド!入ってもいいか?」

 腹心の部下の声に、男は書架に本を戻し、物思いに耽る顔をマフィアのそれに変えた。
 天にかかるあの月でさえ、恐ろしいとばかりに、また空高く上り、しばらくは夜の時間帯が続く気配がする。







「今回の夜の時間帯は、星が瞬くなぁ……お月さんも明るいし、しばらく仕事になんねぇなー」
 マフィア達の身に染み付いた習性。窓を背にしては立たないこと。
 エリオットも例外ではなく、壁際に立ち、窓越しに空を眺める。
 無造作に組んだように見える腕も、実はホルスターにいつでも手が届く位置にあるのだ。


「……たまにはいいだろう。何事も巧く行き過ぎては退屈だ」
 仕事机に着いたままのブラッドが、書類から眼を上げずに答えた。

「……退屈だからって、また、机を動かしたりはしねえよな?」
「……オマエの仕事が増えるだけだから、やらない。 安心しろ」

 ブラッドの机は一時期、態と同業者が命を狙える場所に置いていたことがある。
 文字通り、一弾指程はそのスリルを愉しむことができたが、全て未遂どころか、返り討ちまで成功してしまい、余計退屈が増えただけだった。
 また、増えた雑務にエリオットが忙殺されるだけなので、すぐにその遊びは止めてしまい、マフィア稼業として常識的なところに机は戻された。


「俺らみたいな稼業には闇夜が都合いいんだけどな……月夜じゃどうも締まりが悪ィ……でも、先延ばししてナメられても困るから、やっちゃうか?」
「……やれ、お前は月夜に血の気が多いことだ」

 エリオットの言葉に、流石にブラッドも書類から視線を外す。
 ブラッドの座る場所からは、エリオットの顔は月明かりとはいえ、逆光で、ぼんやりとしか表情が見取れない。それでも、燃えるように輝く赤毛交じりの金髪が窓辺に光を振りまくかのようだった。

 ブラッドの視線に、エリオットがひょっこり耳を動かすと、部屋の空気が動き、暖かく立ち上る香気がブラッドにも届いた。

 机の傍ら、エリオットとの間には構成員に運ばせた紅茶が、二人分手もつけずに置いてある。
 天にかかる月を映して、二つの月が赤い海に浮かぶ。
 壁にもたれ掛かっていたエリオットが、身を起こすと、その海が揺れ、波に月が飲まれた。
 しかし、また窓越しの月をその水面に映す。


「……お……? ……そうかー? 俺って血の気多いかな?」
「そうだとも。 月夜に特にという部分も、聞いて欲しいところなのだがな…… ……おい、エリオット……折角の紅茶だ、冷めすぎないうちに飲め」

 再び書類に眼を落としつつ、ブラッドが言う。

「ブラッドが仕事してる傍で? 悪ィよ」
「気にするな。私はお前が仕事をしている時、紅茶を飲んでいるかもしれないだろう。 それが目の前で行われるか否かの違いだ」

 エリオットは腕をゆるく組んで、まるで、子供がなぞなぞを考えるような素振りを見せた。
「………………」
「……考えることは素晴らしいことだが、私が飲めと言っているんだ」
「………………ブラッドがそう言うなら正しいってことよな。 ……いただきます」
「どうぞ。 何なら、そのオレンジ色の茶菓子も全部食べてしまっても私は一向に構わない。 私は仕事を済ませるから、さっさと食べてしまえ」
 結局彼は、ブラッドの仕事の邪魔をしないようにそっと自分のカップを取って、そっとひと嗅ぎ、香りを愉しむ素振りを見せた。
 ブラッドの目の端に映る、エリオットの子供じみた、ひくひくと鼻が動く癖。
 紅茶を音も無く流し込む仕種は、いっそ洗練されているようにも見えるのだが、単なる仕事を邪魔しないようにとのエリオットの気遣いであるようだ。







「……ふむ、この通りでいい……進めろ。 …………しかし、退屈だな」
 喋ってもいいんだな、とばかりに、エリオットの耳がぴくりと動く。
「ここんとこ、ちょっと忙し過ぎたからいいんじゃねぇの?ずっと、昼の時間帯と夕の時間帯続きだったから、ブラッドにわざわざ出向いて貰わなきゃいけない規模の交渉ごとや抗争が続いたし。夜の茶会もう72時間帯は開いていないしな」
「……ほう、それはまた……………………我ながらよく働いたものだ」
「おう!ブラッドは俺たちの誇りだ!」
 エリオットの喜色満面の笑みは、ひょこりと立てた耳と共に、月夜に良く似合う。
 ブラッドが苦笑して眼を細めた。

「……でも、少しは休んどけよな?」
「お前が言うか?……まぁそうさせて貰うとする」
「おう!じゃ、俺もう一仕事するから!」

 お茶、ご馳走様と大事な書類を抱えた大男は、いっそ可愛らしいといえるような軽やかな足取りで部屋を大股で突っ切って出て行った。

 机の傍らのワゴンで、まだ口をつけていない一客のカップが不満げにゆっくりとその水面を揺らす。
 わがままな女の機嫌を取るような手つきで、ブラッドは金彩の施されたカップを自らの胸の方に引き寄せ、突き出された薄い縁に唇を寄せてその馨しい貴婦人の香りを愉しんだ。


「……しかし、眠るにはどうにもまだ……こんな月夜だ。散歩でもするか」
 先ほど、エリオットが立っていた窓の反対側にブラッドは立つ。
 今度は限りなく丸に近い形を取った月が、白磁のカップに浮かんだままだ。
 ゆっくりと半分、唇を湿すように飲んで、手を止める。
 口付けた紅い貴婦人は、もっとと強請るように、水面を波打ったが、恋愛を愉しむこの男は、その駆け引きを愉しむようにその唇を離した。


「…………散歩だ。散歩にしよう。このカップと中の月を連れて」
 月夜に帽子、変ないでたちなのは、いつものこと。
 手袋をして、杖を持って。

 忘れずに、半分飲みかけのカップを片手に。あのひとに見立てて。

「イカれた散歩と洒落こもうじゃないか」
 滑るように、歩き出した。


 あてどなく、まず向かった先は、屋敷の庭。よく嗅げば、作り物めいた風薫るそこ。

「……そこにあるのに、気づくものなど居やしない、か」

 自嘲めいた微笑みを口許から消せずに、美しく整えた芝を踏みにじるように、月がカップに宿る場所を探して。
 だけれども、足は結局そこに向いていた。






 背の高い木々の小路を抜けて、ブラッドは歩いた。
 月を再び、カップに受け止める時、そこはもう薔薇園だった。

 白い光に照らされた、風を受けて動く薔薇とは違う動きをするものがある。
 ここに入れるには、限られている。

「おや? 見つかってしもうた……」

 声の主は、コルセットもしていない、あられもない下着姿。神話の女神の彫刻のように美しい肢体を惜しげもなく曝している。
 こういうことをするブラッドの姉、ビバルディ。

「…………何と言って良いのやら……服はどうした?」

 問いに、横着が似合うこの女性は、ついと指で指し示すことで解とする。
 いつものローブは薔薇の庭園の中央、噴水の縁に脱いでかけてある。


「眼のやり場に困るなぞと、無粋なことを言うでないぞ? 美しいものは愛でよ」


 細く括れた腰の辺りに手を添えて、ただでさえ、せり上がった胸を、より高くする。
 あわててブラッドは帽子のつばを引き、目深に被りなおした。

 軽く駆けてくる足音がブラッドに近づいてくる。
 下から覗き込むようにしてビバルディはブラッドを見上げた。

「……いつもより小さいな。 姉貴」
「靴もあそこじゃからな。 生意気に……図体ばかりでかくなりおって」


 子供のような梳き放ち髪で、唇を尖らせたかと思うと、そんな自分に笑ってしまったのか、笑顔になる。
 いつものように、薔薇の香りがするけれど、それが薄く、雨に濡れた若木のような香りが混じる。

「水遊びがしとうなっての……子供の頃を思い出すじゃろう? 水に浮かんだ星を掴むのが楽しかったことがある。夜は眠いから好かぬが、こういう楽しみの為なら起きていられる」
「月に呼ばれたか?」
「わらわは、落日を愛する。 全てが紅く染まるあの刻以外に応えることはない。 ……ああ、でも、わらわは閨も好きじゃ それも一興ならば、応えることもあるかもしれぬな」
「……姉貴」

 くすくす笑いながら、ビバルディは、長い手足を伸ばして、ヴァリアシオンのステップを踏む。子供の頃の習い事を懐かしむように。

「……水の精霊の踊り、といったところか?」
「そうじゃ、しかし、水はわらわの言うことを聞かぬでな、困っておったところじゃ。 舞に興じて言うことでも聞いてくれんかと思うての。 しかし、巧くはゆかぬ。……ここではわらわは自分で全てをせねばならんようじゃ」


 嘆くような、それでいて楽しそうな声で、ビバルディは踊りを止めた。
 急に動いたから、少し早い息遣いがブラッドに近づく。


「……連れてくるなら、月だけにすれば良いものを……」
 ついとブラッドが手にしたカップを突き出す。

「……おお、赤い海に浮かぶ月じゃ!」
 ニコリ、清らかな笑顔でブラッドに微笑んだ。


「……だがな、わらわが捕まえたかったのは、あの…あれじゃ」
 指をさしたその先をブラッドが追う。


「…天の川(ミルキーウェイ)か?」
 うむ。と真剣な顔でビバルディが頷く。
 怪訝な顔をしたブラッドが、話の続きを大人しく待つが、ビバルディはブラッドのカップを取り上げ、その月ごと流し込んだ。


「何を……」

 呆気に取られたブラッドが、間抜けな声を絞り出す。
 一方のビバルディも、柳眉を悲しげに動かし、呟いた。

「……冷め切って香りも萎んでしまっておる……」
「………………当たり前だ」
「でも、わらわは月を飲み込んでやった」

 ニッっと子供のように笑う。
 頼りなく肩からすべる、薄絹をブラッドは直してやって、ビバルディからカップを取り上げた。
 そして、そのまま消してしまう。ビバルディは驚かないが、余所者の少女、アリスならば驚いたかもしれない。

「どうした? 顔が紅いぞ?」
「………………気のせいだ。 それで、天の川がどうした?」

「あの子が」
 そっとビバルディは瞳を伏せる。あの子とはアリス。ビバルディのお気に入り。


「童話を読んでくれた。一年に一度しか会えない愚かな夫婦が居るんじゃと」
「東の国の話だな……私が貸した本だ」

「ふ、あの子も中々……他の男から借りた本で、わらわの伽をするか……」
「伽……」
 ブラッドが絶句すると、ビバルディは「冗談じゃ」と解釈し難い微笑みを浮かべる。


  働き者の男女が夫婦となり、仲睦まじいさ故に働かなくなり、戒めの神に大河の両岸に別たれた。しかし、年に一度だけ会うことができる。
  その話にちなんで、機織技術や学力の向上を願う行事も執り行われることがある。


「愚かな夫婦は星だと思うが、こうして星空が水面に映れば、手に掬って寄り添わせてやることもできるじゃろう? またあの子に会えた時、夫婦を会わせてやったぞと話してやることができよう」
「……くだらない」
「くだらないさ。 何せ、わらわ達が子供の頃の遊びから得たものだぞ? ……でもあの子は考える、どうやってそれを為し得たか。 囚われるところの多いあの子は、きっとずっと頭を悩ませる。 ずっとわらわのことを考えてくれる」
 月明かりに、ビバルディの白いほほが照らされる。
 真珠のように白いそれが、少しだけ上気して、染まる。


「…………くだらない」
「やれ、お前までそのような可愛げのないことを……」
 ビバルディは肩を竦めた。そして、身を翻す。
 大して覆い隠さないが、丈のある夜着の裾が肌蹴るのも厭わず、駆け出そうとする。きっと、また噴水に足を入れようとするのだ。


「……やめておけ」
 ブラッドは、両腕を掴み自分に引き寄せ、家族にするのよりは強く、親愛の情を示すには情熱的過ぎる、一方的な抱擁をした。


「……わらわの邪魔をするか?」
「…………こんなに……体が冷えている」
「ほ、気づかなんだ」

 ブラッドはビバルディの左手を取り、二人の視線の間の高さに持ち上げ、検分してみせた。
 水を吸って、柔らかくなった、白い指先と、手袋越しの体温の高いそれ。


「……ずいぶん長い間、ここで遊んでいたのだろう」
「はて、分からぬ」
 ビバルディは微笑みではぐらかして逃げようとするから、ブラッドは彼女の背にまわした手に力を込めた。


「………………………………俺を待ってくれていたのか?」

 一瞬、呆けたような顔をした後、柳眉を潜めてビバルディが呆れた声を出す。

「……気色の悪い冗談じゃ。もう少し気の利いたことを言えると思うておったが」
「…………………………貴女こそ自意識過剰だ。 我ながら確かに出来の悪い冗談だったが、な。……姉貴は辛辣過ぎる」

 ぷいと横を向いたブラッドに、ビバルディはクスクスと軽やかな笑顔を見せた。

「気色は悪いが、可愛い。 ……あの子にも聞かせてやりたいほどに」

 あの子。 ビバルデイの声が優しく変わる。


「…………水遊びは体を冷やす。 遊びすぎは体に毒だ」
「小うるさい男じゃ……」
「何とでも言え…………もう少し温まってからなら構わん」

 ブラッドの腕の中で小さな笑声が籠もる。

「……お前は手も体も暖かいの……悪うはない。 ……同じ時計の音でも、お前とわらわとは違う気がするよ」

 猫の子がそうするように、気に入ったものに首筋を擦り付けるような仕種をした。
 でも、仔猫とは違い、可愛く甘えて鳴くことなぞせず、生意気な口をきくのだ。

「……無粋な弟よ、わらわを立たせたままか?」
 ブラッドは無言で、ビバルディを子供のように抱え上げた。足は自然に薔薇園内の東屋に向かう。


「あちらが良い」
 ビバルディは左腕を首に回し、右腕でそちらを指差した。
 ブラッドが旋回してその指差す先を見ると、件の噴水だ。確かに噴水の縁は大理石の造りで、人が腰掛けるには充分な幅がある。


「あそこに座ったら、冷えるだろう?」
 ブラッドがせいぜい、呆れた声を出して強がっても、すぐにそれ以上の報復が返ってくる。

「わらわの椅子はお前じゃ。 ゆめ、わらわを冷やすでないぞ」
 今度こそ両腕でブラッドに抱きつき、耳元でくすくすと邪気のない声で笑う。

「仰せのままに……」
 ブラッドは溜息を一つ、そして、肺一杯に馨しい腕の中の女性の香りを吸い込み、諦めてそちらに足を向けた。


 噴水傍にブラッドをが腰掛ける、その膝の上にビバルディが座る。寒くないように、向き合って抱擁したまま。
 ……ビバルディはブラッドに体を預けきっている。


 他愛もない会話を途切れながら、繰り返す。
 ビバルディの髪からする甘い香りが噴水が撒き散らす水の香りに混じる。
 彼女は、女性らしい豊満な体躯の持ち主であるが、骨格は華奢である。子供が水遊びをした後のような気だるそうな顔をしている。時折瞼を伏せて、現と夢の移動を、腕の中で繰り返している。
 やはり少し寒かったのか、より暖かい方へ、ビバルディはブラッドに身を摺り寄せてくる。


「……眠るなら毛布を用意するが」
 帰れとは言わない。

「……眠らぬ……」
 まるで、子供がぐずるように。ビバルディは呟く。


「……まだ、織女を掬うてやれてない……水面に映る星は多すぎて、しかも揺れて動く……」
「水を掬って、そこに織女星を映せばいいんじゃないか?」
「それでは駄目じゃ……水面から掬うてやってこそじゃ」


「やれ、我侭なことだ。……月を飲んだような女が、お優しいことを」
「遊びだからな。難しい方が面白いだろう?」
 ふと残酷な真意を混ぜる。


「……本当に子供の遊びだ……まぁあなたの口から想い合う二人の為になんて言葉が出るとは思わないが」
「お前なら言いそうじゃの。 いや、言えずに終わるやもしれぬ」

「……嫌な女だ」
「ふふ、お前の姉だからな……やはり少し寝かせ……」

 言葉を言い切らず、穏やかな息遣いがブラッドの腕の中でしはじめた。

「これでは、貴女の代わりに織女星を送り届けてやることはできない……」
 できることは、その眠りが穏やかであらんことを願いつ、暖かく包んでやることだけ。
 寝息を窺うために、ブラッドは少しだけ顔を寄せた。……この悪戯な姉は、幼い頃は、時折寝たフリを利用し、ブラッドを驚かせた。「経験はひとを賢くする」とばかりにブラッドが姉の寝息の真偽の程を確かめる術に長けるようになったのはそういういきさつがあってのことだ。

「…………………………」
 規則的に続くそれは、本当に眠りに落ちてゆくもののと、ブラッドは納得した。

「……東の国の話は、幸せだ。 一度はその想いを遂げている」
 だが、もう一つの、あの話はどうなのだろうな? と、音にせずにブラッドは呟いた。

「……なぁ、御伽噺は全てが幸せな結末とは限らない……そうでない物語も好まれるのは何故なんだろうな?」


 御伽噺のように、眠れる美しい姫に、返答が無いことを確信しての、彼なりの精一杯の問い。

……噴水の音にかき消されて、今だけでも一番近いひとにさえ、届きはしないのだけれど。

END


■あとがき
 薔薇園。
 副題の通り、七夕に間に合わなかったネタ(核爆発)
 ちなみに、空しいことに、できなかったんじゃなく、サンジョルディらへんで造り置きしたはいいけれど、そのまま放置したという…
えへ?

 作中でブラッドが好きだといった本はモデルがあります。
 でも明かす気はない。とりあえず焚書はされていません。

 セメント・ガーデンをモチーフにいつか薔薇園ネタをやりたいと思いつつ、あんなにブラッドは殊勝(?)じゃないなと。

 一線を辛うじて越えない、ギリギリのところでモヤモヤしているブラッド→ビバルディが大好物です。
 もしくは、一線越えそうなギリギリ感をアリスに無意識に見せ付けていたりとか(笑)

 ブラッドはもやもやもやもやずっと抱えていてそれを押し殺して、考えれば考えるほどドツボにハマっていく(笑)
 勿論、ビバルディは何にも気づいていないし、悪ノリでからかっているだけ(酷)
 カタストロフィー爆発寸前の弟をうりうりとイジり続ける無自覚な姉。

 今回、ブラッドは頑張りました。でもビバ様に気持ち悪いと撃沈されました。
 精一杯強がった。偉いw

 アリスに嫉妬するブラッド…薔薇園内ドロドロ。


 文章を添削していただく機会があったので、基本に忠実な三人称小説らしく直してみた。
 台詞の中にイロイロ含める練習。一人称の方が短い話には都合いいけれど、やっぱり、三人称だなぁと。
Faceless@MementMori 18/07/2010