終章「この世界に愛を」
「・・・また、とんでもない出口から出てきたものだな。愛の誓いを護るなんて」
高みから、ナイトメアの声。
ああ、でも君は元来そういう人間だったね。だから、私も白兎の策謀に手を貸したんだった。彼は時々、格好を付けたがる。今の微笑みもそんな苦味を滲ませたものだった。
アリスがそれをからかうより先に、下方から声がした。それは近づいてきて、眼前に現れる。
「ここに居たんだね、アリス。君も迷子かい?」
「エース兄ィ?」
仮装でもしているのだろうか?真っ赤なコートに身を包んで、帯剣している。
兄と呼ばれて、今までに見たことが無いほど、アリスを卑下した視線を向ける。
「何言ってるんだ?アリス。君は、こんな夢魔さんの悪趣味な夢に取り込まれたりしないよね?」
そろそろ遊びは止めないと、君もそこまで子供じゃないだろう?
「エース兄じゃない・・・?」
「俺はエース。ハートのエース、騎士だ」
役を捨てるとしても、こんな方法は俺は望まない。
世界が歪みそうな程の強い視線。
どくん。アリスの心臓が大きく跳ねた。
「そうね。あなたが、私の知っているエース」
・・・私は望みを叶えたかもしれない貴方をちょっと見てみたかった。
クロークに預けた荷物が存外大きくて、パーティーの興が醒めた時のよう。
なんてばかげた喜劇なのだろう。
アリスは夢の座興に参加したのだ。この世界はナイトメアからの挑戦。
思い出す、初めは親しみを込めた軽い冗談の話だった。
この医者嫌いの友人に、気を許したせいで、主導権を握られていたのだ。
「怖いかアリス?」
「怖くなんてないわ。どうせ、あんたの作ったどうしようもない世界でしょう?どうせすぐ破綻して、飽きちゃうわ」
「私だけじゃないのだが」
「・・・あんたに誰が力を貸すっていうのよ」
「思考と、発言が見事に一致しているな。失礼な奴だ!・・・ゲームするのならこの招待状を受け取って」
ナイトメアの招待状を受け取って、そして・・・
「・・・姉さんにも会いたかったの。忘れてしまいそうで」
「悪趣味だね。虚像でも良かったんだ。だったら、時折思い出すのと一緒だろ?」
エースの言葉は辛辣だ。
「その上、ここで迷子?君はどうしようもない子供なんだね」
頬を張られたような痛みを伴う言葉。
「さて・・・夢魔さん。アリスを俺の冒険に連れて行くよ」
エースはにこやかに、終焉を意味する言葉を口にした。
「ゲームは終わってしまったからな。仕方ない、誰かがアリスを連れにきたら、その役持ち記憶を代償に、ドリーの悪夢のを知る全員の記憶を破片にするルールだ。誰も迎えに来なければ、アリスは自力で脱出するか、ドリーの悪夢に囚われての身に甘んじる。アリスは自力で脱出する自信があったようだが、ドリーのアルゴリズムは優秀だったようだ」
破片になったドリーの夢は、この夢の中の夢に撒かれる星のいくつかになるだろう。
隻眼を装う青年は、ふわり宙を浮いた。
「アリス、これもルールだっただろう。これから、君は目が醒めるまで、木偶人形の役だ」
あがいても、無駄だ。アリスの意識が遠のく。
少女の容とそっくりな人形に変わる。
「・・・この夢を、玩具みたいな星の形に砕けば、アリスも喜んでくれるかもしれない」
この、法則性の無い世界に法則を加えてみるのも愉しいだろう?ナイトメアはそう付け加えた。
「・・・もしかして、覚えているかもしれないから、砕く前に訊いておきたいんだけどさ」
それはないと答えようとした、ナイトメアに、思考の中で壮絶な切り結びをエースは仕掛けた。
ナイトメアは嘆息して、質問を受け入れた。
「この夢って誰の協力でできたの?トカゲさんが協力するとは思えないし。ペーターさんは、こんな頭の可哀想な子が考えるようなことをしそうにない。流石にここまでのゲームは他の役持ちの協力がないと出来ないよね?」
「・・・アリスは信じなかったがな」
ナイトメアは肩をすくめる。病的に薄い肌は、エースの健康的なそれと比較すると顕著だ。
「・・・夢の大樹というものがあるらしい。稀に余所者の夢がそこに流れ着く。時代なんてわからない。・・・そこに、ドリーという羊の悪夢が引っかかっていたんだとさ。そいつを私に差し出して奴が言うんだ「ゲームをしないか」とな」
エースは相槌を打つ。遠い道のりなら得意だと言わんばかりだ。
「なっ!何だ!そのスプラッタな心情は!うっ!吐く・・・」
思考を読んだナイトメアは、少ない血液をさらに外に押し出そうとする。
苦しいのか、目が虚ろだ。
「そんなに凄まないでくれ。・・・ドリーの悪夢は、自身がクローンであること。オリジナルより有名な個体が、クローンである事実に何か思うことがあったらしい。私だって全てを読めるわけではない!」
エースは、何かを哀れむように子供のように騒ぐ男を見た。
子供っぽく男は不貞腐れたような声をあげる。
「ドリーの夢は拾った主に感謝して、役持ち達をクローンし始めた。奴の望むように世界を歪めていったんだ」
「ああ、だから笑っちゃう位、変な俺とか、変な陛下だったんだ。アリスに誤解されてたよな。これって侮辱?」
いつから見ていたんだ、お前はというナイトメアの言葉は、笑顔で遮る。
凄みというのは、相手の力量や心理状態で変わる。ナイトメアは医者より嫌なもの見たように視線を逸らした。
「歪みの大きいところが、そいつの拾い主の居るところだ。そいつはこの世界で是非アリスとゲームがしたかった。私はそれに手を貸しただけだ。別にルール違反ではない!」
一つしか開けていない目が虚空を彷徨う。
「そうだよね。親切な夢魔さんは、ペーターさんにも力を貸してあげたんだもんね」
エースは和和と微笑む。鈴蘭に宿る朝露のように、見た目だけは謙虚に。
「・・・もういいだろう!さあ、この世界は砕けるぞ!」
ヒステリックな声。続いて、吐血。夢魔のさほどあるとは思えない体力の限界がやってきた。
「あれ?協力者の名前は答えてくれないの?・・・全く不出来な喜劇だ!」
続いて高らかなる笑声がして、乙女は深遠なる眠りから外に弾き出された。
END
■寄稿の再録■
■没企画
この企画でしかできない「エース兄対エース」をやろうか迷っていたらしいですよ。
■アリスのリボンは?
ちゃんと後日談として、アリスはリボンを手に入れることができます。
番外編としてなら書いてもいいかと思います。…ご要望があれば(苦笑)
■アリスの愛の行方(笑)
ちゃんとアリスはエース兄とエースを区別しております。
エース兄にエースって一度も言ってない(呼びかけていない)のですよ。
痛みわけですね。
アリス嬢の捧げた愛は、どんなでもエースなら好きよのソレで。
■ドリーについて
大英帝国つながりで、ドリーを選びました。
有名即ち安直で、ネタバレですね。世界一有名なクローン羊ちゃんです。
スコットランドのロスリン研究所に居ました。
今は剥製の姿で博物館に居ます。折りしもバレンタインデーが命日なのですね。
再録頑張った。(マクロ流してテキスト形成しただけだけどね)さて、次の原稿が待っている。
Faceless@MementMori 03/04/2010