第一章 謁見室から始まる物語☆
アリス
HP :階段の上り下りで息が切れます
MP :余所者です
ちなみにMPとは「マジかよポイント」。異論は認めない。
何故ならそれが、仕様だから。
オペラの前奏曲のめいた曲が、どこからか流れてくる。
一般的には、これから何が起こるのかという気分を盛り上げるようなそれであるが、アリスは少数派に与していた。
彼女は、余り縁のないハートの城の謁見室に呼び出されていた。
常ならば、愉しい気分にさせられるはずの曲に反して、意気消沈中。
何事にも悲観的な彼女の唇は音を出さすにこう動いている。
「…絶対ロクなことじゃないんだから…」
そして、カンというものは、嫌なものほど良く当たる。
「今まで特に、わしからは言うことも無かったが、この世界に来たからには、君もゲームの参加者なのだが…」
ハートの城の王様が、改まった口調で重々しくその口を開いた。
アリスを謁見室に呼び出した当人。
決して、厳めしい感じではなく、どちらかといえば、言いにくそうに。
何を今更、と若干拍子抜けしつつも、アリスは王に答えた。
「はぁ…沢山の人に会って、適当に時間を過ごせっていうアレですよね?」
国王陛下に謁見中だというのにアリスは気の抜けた返事しかできなかった。
アーサー王伝説のように、聖剣を手に入れろとか、世界の覇権を争えとか、このトンデモ世界にやってきた当初は言われる可能性はゼロじゃないと身構えたものだ。
それは、恥ずかしさを伴う杞憂に終わったのだけれど。
「…うむ、それもあるのだがね…なぜ君が今まで、それをしなくて良かったかと言うとだね。代わりの奴らが、いわゆる勇者の役をこなしていたからであってだね」
「…はぁ…それはありがたいことです」
何なんだ。一体。
少女は表情こそ、辛うじて国王陛下の謁見に相応しい神妙な表情を作っているが、気のない声こそ、その態度を雄弁に物語っている。
彼女は「それで済んでいるなら、今更私の出る幕ではない」といった体だ。
「しかし、だな。それも回らなくなってしまった。と、云うわけで、そろそろ順当に君が勇者業を継いでもらいたい」
「はあっ?」
アリスは素っ頓狂な声を上げた。
あわてて、相手が雲上人であることを思い出し、口を押さえる。しかし、はいそうですかと言うわけにもいかない。
「………まさか…いや、でも他の人がやれていたのだから、適任者が居るでしょう?」
「この世界に、勇者らしい役が居るとでも?」
「…いいえ…まったく、残念なことに、悲しい程に、心当たりがありません………人材不足ですよねー………って消去法!?」
救世主って消去法で決定されるもの!?
「……やれ…君は察しが良くて助かるよ」
この人は、やはり国王陛下なのだとアリスは思い知った。
「……さっきの消去法には私も含めてですからね!!」
思わずじりじりと後ずさる。
「アリスよ………」
「嫌です!!無理です!!さようならっ!!」
脱兎の如く踵を返したアリスの両脇を、ハートの城の衛士がガッチリ固める。
やれやれとハートの王は頭を振りつつ、玉座に腰掛ける。
「まだ何も言っとらんだろうが………」
「い〜や〜!!!!これから言おうとしていたじゃないですか!!絶対ロクでもないことなんだから!!魔王を斃せとか世界に平和をとか私には無理!!絶対無理!!」
アリスは足をばたつかせるが、顔見知りの衛士達は困った顔一つ見せずアリスは宙ぶらりんだ。
「まあ、話は最後まで聞きなさい」
「聞くまでもない!!だって、このノリは『そなたに伝説の剣を与えよう』という『とりあえずお前が勇者だ』系!」
「その通り!!…じゃ、二週目プレイ扱いということで、わしの説明は要らんな。ここはお前が冒険へ行けと言われて『はい』と言うまでエンドレスで質問が続くところだ」
「無限ループ!!『はい』を選ばない限り無限ループなの!?」
「…申し訳ないがね。君は『伝説の勇者』決定なのだよ」
「嫌ーっ!!何その頭悪そうなフワフワな称号!?」
きーん!
アリスは絶叫した。謁見室全体に彼女の声が反響する。王はしばしの間、その両耳を押さえた。
「………ごく自然な流れ風で、冒険に巻き込まれたかったか?」
「それはそれで嫌!自分から火中の栗を拾いに行く愚かなこと、誰がするんですか!具体的に言うと、クリスタルなんて喋る不気味な鉱物に導かれたくないし…とにかく私を家に帰してよーっ!あと10時間帯の後には、仕事の予定が入っているのに!」
「………伝説の勇者より城付きメイドの仕事が優先か?…それはどうかと…」
「先約が優先!それに、ようやく私の番なの!」
びしっ!
効果音とポップアップマーク付きで、アリスは人差し指を相手に突きつける失礼極まりないツンデレっ娘っポーズを王様に決めた。
「…何が?」
寛大な王は、一般市民のただの小娘に下問をする。
「本よ本!続きが気になって眠れないほどなのに!!!!あの後二人はどうなるのよっ!?」
びしっ!
先ほどからアリスの嫌な予感をがりがりと掻き立てる効果音とポップアップメッセージ。
これでは本当に物語のイントロではないか…
いやいや、待て待て、まだキャンセル可能…などと冷や汗がたらりとアリスの背筋を通る。
「ああ、あの王宮で流行っているあの本のことか。それならわしが続きを知っておる。ネタバレしようか」
「嫌――――――ッ!!!!」
アリスが絶叫すると、空中で、声が固まって岩になり、ドスドスと妙に軽い音を立てて、謁見の間の床に落ちた。
「…それはちょっと違いませんか?」
沈黙を守っていた衛士が余りのことに口を開いた。
さり気無く、アリスのストーンヘンジもどきの攻撃をワイヤーアクションのような身軽さでささっと避けつつ、もう一度玉座に戻った王は、困った顔をして怖いことを言う。
「…あー…その…ビバルディがな…」
アリスがその名を耳にして、少し大人しくなる。
王は溜息混じりに髭をしごきつつ、勿体つけて、言葉を続ける。
「あやつが『勇者になることを断る選択肢をしたら斬首刑☆』ってルールを作っているんだがな…君は余所者だから、ルール適用外だと思うのだが…」
「…え、話が始まらないからってBADEND?ハードがクラッシュするまで無限ループしてやろうかと思ったのに」
「熱暴走狙いか?気の長い娘だな………」
「………それくらい、伝説の勇者は…っ!」
人の良さそうな王が、珍しく大儀そうに、アリスに追い討ちをかけた。
「…断るか?本当にそれで良いのか?」
「………?」
王のジェスチャーが怖い。人差し指を立てて、チョンっといった感じに振る。
そういえば、この人。粘着系の怖いヒトでした☆
「………謹んで拝命いたします。ついでに、先程までの暴言もお許し下さい。どうせなら最初から最強装備下さい。城の宝物庫も開放して下さい…」
「うん。穏便に済んで良かった…」
スルーしやがったとアリスは思ったが、怖いので黙っておく。沈黙は金とはよく言ったものだ。
がっくり項垂れてたまま、王の言葉を噛みしめる。
「……穏便……この世界にしては…確かに穏便…あああ……認めてしまった…私の負けだ…」
何かに負けたような気がして、アリスはがっくりうな垂れた。
仕事熱心な衛士達はずっとアリスの両脇を抱えたままで、宙に浮いたままうな垂れるという小器用な姿で彼女の冒険の舞台は広がったのである。
「…何か質問はあるかね?」
申し訳程度に王が問う。アリスは精一杯の抵抗を言論の自由に託した。
「ちなみに私、このゲームをフォールト(降りる)するにはどうしたらよいのでしょうか…?」
続く
■なかやすみ
初出日
2010/07/02 Faceless@MementMori