第二章 初心者の館的なアレ☆
「聞きましたよアリス!あなたが伝説の…ふごっ!」
「その名で呼ぶなっ!」
虫の居所の悪いアリスは、とりあえずいつものように飛びついてくるペーターを殴り飛ばした。
「クリティカル!9999のダメージ!アリスはレベルが上がった!ステータスが上がった!新しいアビリティを手に入れた!」
…ああ、意味不明なアナウンスが流れてくる…
アリスは精神的ダメ―ジをコンボで受けた。
「むくりとペーターは起き上がった。仲間にして欲しそうにアリスを見ている」
「却下」
「そんなっ!」
「口答えするんじゃない!」
「…アリス、ちょっとキャラ変わっています…」
やや鼻白んだ体で、ハートの城の宰相様が、殴った時にズレた眼鏡をかけなおした。
「ねぇペーター?私新しいアビリティを手に入れたらしいわよ?魔法で炎飛ばせたりするのかしら?」
兎の丸焼き(ソテー)。そんなレシピが頭に浮かぶ。
ペーターは立ち上がって服の埃を払い、アリスの質問にそれは憎ったらしいヤレヤレといった体で答えた。
「そんな非科学的な…」
ウサギ耳のお前が言うか?とアリスは思った。
「…そうですね。ステータスが上がったということは、きっと今まで扱えなかった武器が扱えるようになるのではないかと?」
「例えば?」
そういえばペーターは宰相職なのでどちらかといえば知性派キャラだったなとアリスは考えた。
「そうですねー…あなたの武器って厨房の包丁とかですよね?」
「あれは武器にしてはいけない…銃刀法が今より厳しくなって、台所に立つのにも免許が必要になったらどうするのよ…」
「それもやむを得ない社会なら。僕はゴメンですけどね。まあ、あれでも刺したり…使い方によっては致命傷もできますから…ザクッとしてもいいですし、思い切り投げてもそれなりに…ね?」
「何が『ね?』なのよ……想像しちゃったじゃない!………私、料理がとても下手になりそうよ…?」
「大丈夫です。あなたの手など煩わせたりしません。愛するあなたは何もしなくとも、そこに居るだけで…!」
ペーターの話は愛の叫びに脱線しがち。
「あー…はいはい。で、武器の話なんだけれど」
「ああ、そうですね。簡単に言うと、レベルやステータスが上がれば包丁しか装備できなかったのが、迫撃砲を撃てるようになったりするんですよ」
迫撃砲だと…!
「もしかしたら、科学的に、強力なコイル砲を開発して撃てるようになるかもしれませんねー!いや、あなたなら、サーマルガンの実用化くらい…」
「…………そんな馬鹿な…」
「アリス!あなたは素晴らしいんですよ!」
「…いや、まだ開発していないから。勝手にキャラ付けするのやめてちょうだい…」
「説明書の専門用語が理解できると設計図やらイロイロ読めるようになるでしょう?あとは入手ルートと資金源さえ確保すれば…」
白兎は立て板に水とばかりに、説明を続ける。
「だからね…人を死の商人キャラに仕立てないでくれる?……じゃあ何、私は最終的には本当に現代版アーサー王…」
「あなたがそう望むのであれば。勿論僕もパーティーメンバーとして協力することはやぶさかでは…」
「それは却下済みだから…そうだ、早く出しなさいよ…」
「…?何をです?」
ペーターは両耳をぴんと立てて、とても素直そうな顔をしている。
思い当たることがないらしい。
アリスはニヤリと笑った。
「ドロップアイテムよ」
「そ、それは勇者の名を借りた恐喝行為…ふごっ!」
「その名で呼ぶなって言ったでしょうっ!」
「9999のダメージ!アリスはレベルが上がった!ステータスが上がった!新しいアビリティを手に入れた!」
…ああ、再び意味不明なアナウンスが流れてくる…
「むくりとペーターは起き上がった。仲間にして欲しそうにアリスを見ている」
「却下」
「…そんな…」
今度こそ、ペーターは全身で絶望を表現した。
「仲間にしないけど、ステータス見せなさい」
情報は大事である。
「…流石の僕も物申したいところがあるんですが、あなたになら僕の全てを知って欲しい…!」
そんな露出狂なペーターを適当にあしらって、どこからともなく現れるコンフィグ画面をアリスは見た。
ペーター
HP :あなたを満足させます
MP :あなたに愛されています
「………見るんじゃなかったかも…い、一応詳細も見ておこう、うん…見なきゃ負けな気がする…」
…このレアキャラ。ボスキャラクラスのくせに、アリスがシングルパーティー時のみ、斃すのは容易で経験値も高い。しかも、ボスキャラクラスのくせに仲間にできるときた。
ちなみに、パーティーメンバーが居る場合は制御を誤ると、エグい結果になるらしい。
どのくらいエグいかと言うと、ゴア表現が凄すぎて、年齢制限がかかる程度だ。目安は輸入ゲームくらい。
アリスはRPGの鉄則を破るこのコンフィグに戦慄を覚えた。
「あんたがこのゲームをクリアしてくれたらいいのに…そうよ、金も権力も実力もあるし、人格的には不適切でも勇者業はあんたがやりなさいよ!」
「やだなぁ、アリス。これはあなたのゲームですよ」
「…そうだった…人材が回らなくなったとかで私がやらなくちゃいけなくなったのよね…」
初耳だが、仕方ない。…なんて簡単には割り切れることはなく、口には出さないがアリスの脳内は倒れた人材に対する不満がタラタラだ。
「僕はあなたを補助することしかできないんです…」
段々と語尾をすぼめてペーターはしょんぼりした。
しおらしいことを言うウサギ…
アリスの心情を表すように、情感溢れる音楽が流れ始め、景色がぼんやりピンクに染まる。
「…ペーター…」
アリスはペーターの手をそっと取り、その唇から青年の名を優しく呼んだ。
「…アリス…」
青年は一瞬驚いた顔をしたのち、白い頬をほんのりと染めて、その長身を屈めた。
そしてアリスの顔にゆっくりと自身の顔を寄せる。
アリスの瞼も恥らうように、少し伏せられた。
「…いいから、早くドロップアイテム出しなさいよ」
「…え?」
「今なら、当面の生活費くらいは残しておいてあげるから」
ぴしっ!
ベタな効果音が鳴り、ピンクだった世界は輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。
アリスはせめてもの温情に、普段は見せない極上の笑みをペーターに向けた。
続く
■なかやすみ
ペーターが可哀想なので(愛故)早めに出した。
初出日
2010/07/02 Faceless@MementMori