第三章 イベント発生のお約束☆
ペーターがドロップしたアイテムは殆どリリースしてしまった。
「ったく、服なんて脱がす気にならないし…銃も要らない。結局先立つものはコレよね。コ・レ!」
乙女にあるまじき、ジェスチャーをしつつ、ぶつぶつハートの城の庭を歩く。
ちなみに、ドロップアイテムの中に「兎肉」があったが、流石のアリスにもキツかった。
「私、文明生活ラブだしー塩胡椒為しに生の兎肉ってねー………あ、時計は拾っておいても良かったかも。…でもあれ銃変わるかもしれないのよね…やっぱり要らない…」
ぶつぶつ言いながら、アリスはいつもとは違い、バスケットを下げている。
勇者の特権として、知らない家を家捜しして、物品を強奪しても赦されるという謎のルールがある。
後々勇者の任を解かれた後、白い目で見られるのを考慮したアリスが、メイドの控え室でどうしたものかと頭を悩ませていると、気立ての良い同僚達がそっとバスケットを差し出してくれた。
ピクニックかよと突っ込みたかったが、中には保存食も含め、数回分の食料と飲料が入っていた。
彼女達の善意を暖かい気持ちで受け取ると、出発確定な雰囲気になり、休む暇もなく、アリスはハートの城を出てきたのである。
「…なんだか知らないけど、皆テンプレな台詞しか話してくれなくなっちゃったし…とりあえす皆が言う様に城下に出て情報収集?まったく、情報を小出しにするんじゃないっていうのよ。………ってあれ?」
流石にこれ以上はアブナイ人だと、ひとりごとをやめて、アリスは呆然と立ちつくした。
「ハートの城の庭から出られない…何で?一本道なのに!?」
アリスに迷子属性はない。
…先ほど、迷子真っ最中らしいエースをスルーしてきたが。
「…これは、まさか…」
そう。RPGのお約束、強制イベント。エースを仲間にしないとこの先の冒険に進めないのである。
「…嫌…」
「嫌だといっても、ねぇ?」
「エースっ!」
「…君、冷たいよ?まさかのイベントスルーする気じゃないよね?」
「剣を構えるな、急所を狙うな………」
「うん?何か言った?」
イベントは強制進行である。セーブしなかったアリスに責任があるのだ。
「…………さっき、あっちのほうに居なかったかしら?なのに、なんで私の背後に居るのかなーと思って」
アリスは引き攣った笑顔のまま、言葉を選んでエースに問いかけた。
「俺は部下の訓練から自室に戻るところだよ?こっちが俺の部屋の方だよな」
ニコニコと笑みを浮かべて、抜刀した時とは逆に、ゆっくりと剣を刀に収めながらエースは答えた。
アリスは笑みを少しずつ自然なものにすると、エースに指摘した。
「私の指差す先にあるのが、ハートの城。あなたの部屋があるのはあっち。あなたが向いてるのは、城下の方なんだけれど」
「ええっ!そうなのかっ!」
このやり取りは、何時もどおり。
「そう…あなたはハートの城に向かっているのよね?」
「うん、そうだよー部下の鍛錬っていっても汗ひとつかくことなく終わっちゃったけどね。でもシャワーでも浴びてゆっくりベッドで眠って体調を万全にしておくことも騎士の務めだからなっ」
「そう…」
アリスは安堵した。ここはパーティーメンバーが増えるイベントではないらしい。
向かう方向が違う。そして、メンバー参加せざるを得ない因縁めいたストーリー展開でもない。
「君、この荷物どうしたの?…なんかいい匂いがする」
「ああ、これ?」
アリスはバスケットを開けてみせる。
「うわっ!美味そうだなー」
褒められて悪い気はしない。…こしらえたのはアリスではないが。
「ふふ、鍛錬の後だし、エースお腹空いてるの?」
「ちょっとね。君、これ一人で全部食べるの?」
「そんなつもりは無いわ。私も歩き回って疲れちゃった。そこのベンチで一緒にどうかしら?このバスケット、重たいから少し軽くしたいし」
「いいのか?君って優しいなぁ!是非ご相伴させてよ」
昼の時間帯。少し眩しくはあるが、ピクニックには悪くは無い。
「ちょっと日差しがきついわね。眩しいから日傘が欲しいところね…」
「うーん…ちょっと待ってよ?」
エースはコートを脱ぐと、ベンチの周りの植え込みに広げた。
「あ、素敵…涼しい…」
簡易な庇(ひさし)ができあがった。
「アウトドアは工夫するとより快適になるんだぜ!いただきます」
アリスが差し出したプレートとカトラリーで、エースはお弁当をつつき始めた。
バスケットには苺酒まで入っていた。これが美味しいとか、天気がいいね、あはは君って時々アレだよな、天気悪い日なんてないよね。うふふ、あなたって時々カチンと来ることをさらっと言うわよねあやうく聞き逃すところだったなどと他愛無い会話をしていた。
「そういえばね。さっき謁見室で声が」
「ああ、岩になったって?君、運がいいよ。そこって、ラック値が低いと絶対恐竜とか出現して追いかけられたりすると思うぜ」
「…エースなら起こり得るわね…」
「でも、伸びる肉は食べてみたいよな?………って、あ、今食べたのって『伝説のKIBIDANGO』だ…」
エースがぽつりと呟いた。
「ふうん…?」
なんじゃそりゃとアリスは思いつつ、あと9時間帯でこのおバカなゲームを終わらせてなんとか仕事に戻って、同僚から本を借りる予定を頭に描いていた。
「……これ、食べたら俺、君の下僕にならないといけないんだよねー…」
「へー…そうなの………下僕………下僕!?」
「間違えた。家族だったかな?」
「ちょっ!」
「…違うな…家来だったような…?」
「…何だぁ家来かぁ……もう脅かさないでよ……」
ってソレも駄目ぇ!
と、アリスが気づく頃には大歓迎を意味するファンファーレが周囲に鳴り響いた。
絶句するアリスをよそに、エースは爽やかに笑ったままだ。
「はははっ!君って意外と策士だなぁ!食事に『砂時計』並の主人公専用アイテム『伝説のKIBIDANGO』を混ぜてくるなんて…そんなに俺を従えたかった?」
「違っ!」
否定の為に振り上げたアリスの手を、ぱしりと掴み、エースは優しく自分の方に引き寄せる。
「………そんなことしなくたって、上手におねだりしてくれれば、君のお願いは聞いてあげるのに?」
スチル回収イベント。
…いやいや、しっかりしろ自分。そうアリスは自分に激を飛ばす。
「待って!待って!あなたはハートの騎士で、ビバルディの部下で!」
「うん。でもその『伝説のKIBIDANGO』は君のゲームの中でのみ有効だからさ。兼任だよ。俺は君の家来ってステータスが付いちゃったみたいだ。ステータス画面で確認してみてよ」
「………嫌な予感しかしない…」
「やり方知らないの?しょうがないなー…」
呆然とするアリスを傍目にエースは、型破りにもアリスのコンフィグを勝手に開いて、問題の個所を示す。
「…ほら、俺君のパーティーのメンバーに追加されちゃったみたいだよ」
エースに言われるでもなく、そこにはしっかりエースの名前があった。一通り示すと、ステータス画面をエースはいじりだした。
「へー…君のステータスって今こんな風なんだね。スリーサイズと体重までしっかり載って……」
「…はっ?…えっ?…見ちゃ駄目ーっ!」
あははと笑う騎士から慌ててコンフィグ画面をアリスはひったくる。
「君って意外と………ダイエットなら協力するよ?」
爽やかな笑顔なのに、含むところが大いにある笑顔。
「そんな顔で睨んでもダーメー!可愛い可愛い」
はははとエースはアリスの頬っぺたを、プニっと突く。
「…仕返しにあなたのコンフィグも見てやるんだから!」
ヤケになったアリスは命知らずの発言と共に、エースのステータスを開いた。
「…何コレ…」
エース
HP :身を以って知れ?
MP :迷子ポイントのこと?
「…何故ステータスが命令系や疑問系………?………ペーターと違って殆どの情報がヒドゥン(隠し)だし………」
「ふぅん?君ペーターさんのステータス見たんだ…」
首筋に吐息を感じてアリスは画面から顔を上げると、睫が触れ合う程の距離に、エースの顔があった。
「ち、違っ!戦闘(バトル)時に知っただけで…!」
「知ってる?男ってね、比較されるの嫌がるから処女を好む傾向にあるんだよ?俺は別にどうでもいいけど、自己肯定こそが大事だと思うからさ。でも、ペーターさんと比較されるっていうのはどうも…だって頭に兎耳生やした男だぜ?俺、可哀想じゃない?」
「セクハラー!!そういうバトルじゃない!そういう経験値じゃないっ!」
思わずアリスはエースの胸座を摘んで訂正をしてしまった。
「わぁ。君も結構スゴイこと言うよな……」
そのアリスの手をぽんぽんと叩きながらエースはからからと、雲ひとつなく晴れた今のそらのように笑う。
こんな昼の時間帯にとても相応しきくない会話。
「ちなみに、俺。君が正直者であるかどうか、とても確かめたいんだけれど」
「ちょっと待…」
「ちょっとって、どの位?俺、無理強いはよくないと思うから、できるだけ君の要望も聞くよ?」
確かめることは決定ですかい。
「…とっととこのゲームをクリアしてから……かなぁ…ぁ…ぁ?」
アリスは慎重に言葉を選んで答えた。
「うーん…そうだねぇ…」
エースは笑顔のまま、言葉を切った。
…その場しのぎとはいえ、恥ずかしいことを言ってしまった。エースが早く口を開いてこの気まずい空気をなんとかして欲しいと他力本願な願いで、アリスがくるぐるしていると、ようやくエースがにこっと笑った。
「却下」
「きゃー!」
エースの額がアリスに触れる。アリスはぎゅっと目をつぶり、体を硬直させた。
熱い吐息が、アリスの頬から首筋にかけて滑り落ちる。
「………――――――――」
「―――――――………?」
アリスが恐る恐る目を開けると、エースが息を殺して笑っていた。
脱力と同時にアリスの頬がかあっと熱くなる。
無言でエースの胸を叩くと、エースは爆笑しだした。
「…はっ…ははは!ごめんごめん!」
タチの悪いことに、この男は艶っぽさを含んだ微笑をアリスに向けてこう言うのだ。
「いいよ、さっさと君のゲームを終わらせに行こうか?」
アリスに選択肢はない。
いちいち鳴るファンファーレと共に、さっきまで無かった生垣の出口が現れた。
「ほら、行こう!…約束だぜ?」
バスケットとコートを持って、エースはアリスの手を引いて歩き出した。
かああとアリスの顔が赤らむ。
「……………―――っ…―…ぁ…―…ぅ…」
アリスは口をぱくぱくさせる。
七歩ほど引っ張られるように歩いて、アリスはようやくそれを言葉にした。
「…エース。そっちは出口じゃないわ」
超お約束☆
続く
■なかやすみ
「…ここはエスアリサイトです」と主張。
…大丈夫持ちあげて落とすのが好きだから。決してオイシイ思いだけはさせないの。
初出日
2010/07/02 Faceless@MementMori