大人の嗜みといえば、聴こえは好い。
しかし、グレイは世の恋人達の倣いをしているだけだ。
・・・内心は恋を知ったばかりの少年のように安堵をしていた。


アクセサリーとは明らかに違う、しかし小さな箱をアリスは戸惑いながらも受け取ってくれた。
包装を剥がし、中に納まっていた、象嵌の美しいこれまた小さな箱を両手にとってアリスは眺めていた。


「・・・アクセサリーボックス?時計?」
「そちらの方が君の好みだったか?」
「・・・そんな、高価なものは受け取れないわ。」
即座に小箱をグレイの掌に返した少女は可愛らしい。・・・躾けが行き届いていると思う。
女性との駆け引きを愉しんだ時もあったが、あの時は若かったとしか云い様がない。


「これは、どちらでもない。」
グレイは、もう片方の掌に竜頭を取り出し、箱の側面の小さな穴に差し込む。
悪い癖だ。暗殺者をしていた時のように、何かを仕込んでしまう。

怪訝な顔をして、グレイの手許を見つめるアリス。その少女の姿をそっと盗み見る自分を省みて、随分と小ずるい大人になったものだと自分は顔には出さずに思った。


カリカリ、カリカリ。


小さなゼンマイの音をさせると、驚いて食い入るようにグレイの掌の箱を見つめる。
箱の中央、金属製の楕円の小さな蓋が開き、小鳥が飛び出す。


ち.ちち.ち.ちち.ち....ぴーるるる.ぴーるるぴ.................


彼女こそがオートマタ(機械人形)のような瞬きをして小鳥の囀(さえず)りに聴き入る。
機械の小鳥はちゃんと首を動かし、本物と見まごうような美しい声をご披露する。
慌しくなく、もう少し聴いていたいと思う心憎い時間、赤い小鳥が歌って、またその蓋の中にぱっと消える。

驚いて、両手を頬に当てていた彼女の左手を取り、そこに箱を手渡した。

「・・・。」
おずおずと、という表現がぴったりな、ぎこちない手付きで、竜頭を手に取りゼンマイを巻き始める。


もう一度現れた小鳥の姿を見て、グレイに歓喜の顔を向けてくれる。
「ああ、素晴らしい細工だわ!いったいどうなっているのかしら?・・・グレイありがとう・・・。」
「どういたしまして。」
こちらこそ、俺なぞに素晴らしい笑顔をありがとう。・・・それを口に出せるほど大人は率直にできてはいないのだが。


「・・・ご褒美に煙草を一本、構わないかな?」
「勿論よ。その間、この子に歌って貰っているわ。」
君を眺めながらの一服は、きっと素晴らしいものになるだろうから。目を細めてグレイは取り出したシガレットに火を点けた。


「・・・。」
嬉しそうに、贈り物を見つめる少女。
飽きもせず、発条(ぜんまい)を巻いて、繰り返し、繰り返し。

「こんなオルゴールは初めて見たわ。」
「シンギング・バードと言うそうだ。」
「歌う小鳥。本当にその通りね。」

紫煙の向こうに、グレイも必死で浮かんでしまう笑みを噛み殺しているのを少女は知らない。

少し無理をして手配をした甲斐があったと言うものだ。
急がせたせいもあり、職人の工房にあったものを召し出させたのは少し気が引けたが、この笑顔の代償としては、もっと手間賃を弾んでも良かったかもしれないとさえ思えてしまう。
・・・まるで、分別の無い子供のようなことをしてしまった。


普段は吸い込まない肺の奥まで、煙を吸い込んだ。
それが、喉には良くないと分かっていても。

顎を上げて、細長く、遠くまで吐き出す。
紫煙の向こうの硝子窓に映る、テーブルに置いたシンギング・バードと語らう少女を見るために。


「ねえ、グレイ。この小鳥は何というのかしら?」
「・・・確か、ハチドリだったと記憶しているが。」
「とても美しい声だわ。こんな素敵な色をしているのに、鳴き声まで素敵なんて。」
アリスは微笑んで、そっとカラクリの小鳥に指を近づける。

小鳥の色が赤いのは、グレイとしては少し気に入らないが、少女は何の気なしの風体なので、自分が気にしすぎなのだと自重する。

最後の一口を瞑して吸い込む。



・・・足音で分かっている。

彼女が足音を忍ばせて、こっちへ近づく。
きっと目を開けたら「恋人らしく」笑顔を見せてくれるのだ。
そして、「恋人らしく」お茶をして「恋人らしく」語らう。

薄く、その瞳をゆっくり開ける。
ぐいっと腕を引かれた。
バランスを崩すような無様な真似はしないが、とっさに、火を彼女から遠ざけるとそれは避け難かった。

頤(おとがい)に近い頬にキス。

「・・・ありがとう。グレイ。」

瞠目した男に、少女は頬を染めて礼を言うと、踊るように部屋から滑り出て行ってしまった。

「・・・やるじゃないか。」
男から貢物をいただいて、程よいところで手を引く。

これが、女という生き物か。

火事を起こす寸前の手許を慌てて始末した。
・・・もう一本火を点けるべきか?
それとも追いかけるべきか?

お母さんみたいな大人としては至極判断に迷うところである。

END


■寄稿の再録■
ご要望の糖度の高めの二次創作と知っている人だけの不親切なグレアリを一本。

うちには散逸原稿が多い。名前を多数持つと決めた時に覚悟していたから、まぁ想定の範囲。
書かないとおもわれているのか、メアリとかブラアリとかグレアリとか黒アリとかユリアリとか。探せばあるんですよ。
探す気力が薄いのが難点…
自サイト更新してないときは旅しているか、どこかに原稿出しているか

「シンギング・バード」は実在のものです。
鳥籠式も良いですが、箱のやつも可愛いですよ。
これはスイス土産か?関係ないですが、フランス語のことわざ「スイスで食べる」って他人にやらずに自分で食べるって意味なんですね。
ケチと言いたいんだろうが、某国人も口が悪い。

Faceless@MementMori 03/04/2010