何か言いたいけど
次の瞬間もう朝なの
変ね。
変ね。
変ね。
「・・・ん・・・」
程良い重みが体に圧し掛かっている。
珍しい。彼は犬のように寄り添ってくれることはあっても、全部をみせてくれることも、何かを預けてくれるわけでもない。この珍しい重みはアリスにとって愛おしいもの。
・・・ただし、心臓に悪いので、こうやって勝手に寝台に潜り込んでくるのは止めて欲しいが、反面嬉しくもある。
思わず頬が緩む。
豪華絢爛なハートの城、アリスにあてがわれた客室の一室。
清潔な白いシーツ、天蓋の紗の上には高い天井。カーテンを少し開けておいた窓からは陽光が緑の煌めきと共に差し込む。
毎夜、ここで過ごすが、この設えが自室として完全に馴染むのには、まだかかりそうだ。
手前に視線を戻すと、高い鼻梁を視線で辿ると、その先に扇状に広がる長い睫毛がある。
どうせ、エースは起きているのだ。
まだ、眠たいから、寝ているだけ。
匍匐してエースの眦にキスをして、寝台を降りようとした。しかし、それは叶わなかった。キスを終えて、頬を撫でると、エースの腕にぐっと力が入った。
「・・・夢魔さんとデートだなんてアリスは趣味悪いよな。」
アリスは一瞬、体を硬直させた。エースは睫毛を伏せたまま、ただ、語尾が眠気に囚われている。恋人の言葉の深意を量るが、下手の考え休むに似たり。腹芸で彼に叶う訳がないのだ。
ややして沈黙のままエースの懐に戻った。向き合うような甘えた気持ちがあっても、素直にはできない。彼に背中を向けて、腕を引っ張る。
もう、言葉にしなくても相手のしたいこと、して欲しいことが分かる程度に蔀を共にしている。
エースはアリスの頸元に腕を差し入れて、襷掛けするようにしてアリスを引き寄せた。
抱きしめろということだ。
エースは苦笑して、先ず、腕をきゅっと締めて、ぴったり寄り添う。少し苦しいくらいが、それが嫉妬の表現。
アリスはエースの腕にそっと両手を添える。左胸の上、エースと自分を結ぶ心臓に向かって。
全てはあなたのもの。そういう無言の儀式。
エースは目を細めて、その愛情表現を愉しんでいた。
薄い寝巻きの上、彼女はある程度、エースの自由を赦している。
エースは温もりを感じるまま、鼓動を指で聞く。隙間に滑り込ませ、人差し指で少女らしさの体の輪郭の始まりを指の腹で撫でて、薬指まで、その柔らかさに弾かれつつ感触を嬲り愉しんだ。
ややして、滑らかな絹のシーツの上、高い衣擦れの音がする。
居た堪れなくなった少女のささやかな抵抗。裸足のつま先でエースの向こう脛をつつく。可愛らしい抵抗にエースはむしろ、もっと無体を働こうかと思うが、先に口を割らせたいこともあったので、少女を解放した。
アリスは自分からこれ以上折れる気は無いらしい。エースは溜息をついて、逡巡する。
その吐息だけで、アリスはどれだけ彼のことが好きか、実感してしまう。
恋は人を不安に堕とす。エースは見返り無く愛してくれる。それは美徳のようだが、アリスとしては期待されないことに、居た堪れない思いがある。
問題は自分自身にある。
そんなことは指摘されなくても、腹が立つくらい自分は思い知っているのだ。
うじうじとした君が可愛い。そんな正気の沙汰とは思えないことを恋人は睦言として囁いてくれる。
この世に生を受ける誰が、ここまで自分を甘やかしてくれるのだろう。
エースはちゃんと分かってくれる。愛情を疑わない。・・・だから、せめて行動で愛情を示す。
鏡に姿が映るように。
「・・・いつ、ここに戻ってきたの?」
「一時間帯前くらいかな。俺も疲れていたし、起きそうにないし、起こさないで寝ちゃったよ。」
起きないのはナイトメアと会っていたから。彼と会うには理由がある。
・・・一人寝が寂しい。エースが居なくなる悪夢を見る。
ビバルディが言っていたことが頭を過ぎる。
「茶の愉しみを知るのと、男を知るのも大差ない。茶も男も飽きることがないものは未だ巡り合ったことがないがな。たまには変り種も愉しむ。」
彼女の慰めは、倫理なんて面倒なこともなく、楽しい。
・・・お前を手に入れることは叶わななんだが、見守ることも悪くない。
そう笑ってくれるのは、心慰むのだ。
寝台の天蓋が、昼の日差しを柔らかく遮る。
背後には、恋人の息遣い。疲れているらしく、呼吸が少し深い。
「・・・次の、いや・・・。」
視界に入る、エースの掌。
「・・・適当な、夕の時間帯になったら、アリス冒険に行こう。」
いつもなら手袋に包まれた手。硬くて、大きく、節がたっているが、ギリシア彫刻のように美しい長い指。そして、鍛えた体躯も大好きだ。
学校に通っていた頃、労働者階級の、演説を行う者の姿を見たことがある。彼らの一人が、手袋とは働かないものの証であり、敵意の象徴と主張していた。
エースの手は、働いていることを隠す為に手袋をしている。
また、このアリスを翻弄する手を、外では手袋に収めておいてくれないと、羞恥でどうにかなりそうだ。
この手に心を掴まれて、この世界に留まったのだ。
「・・・嫌よ。」
いつもなら、即答できるのに。冒険の誘いを断るのに時間がかかってしまった。
明るい茶色の目に、柔らかい微笑みが浮かぶ。
「・・・じゃあ、夜の時間帯でもいい。」
「夜の時間帯は眠ることにしているわ。」
エースが笑った。とても爽やかに。Noと言っているのに、嬉しそうにさえ見えてしまう。
「夜じゃなくても、まだ眠ろう。もう少し君と眠って、その後、爛れた時間を過ごすんだ。」
後ろから、抱きつく。エースは無邪気で、ちょっと力任せだ。装っているのだとしても、騙されたままでいたい。
そのまま、寝巻きの裾をたくし上げてくる。
「・・・コレは嫌じゃないんだ。」
エースの言葉に、アリスは少し震えて、反射的に抵抗する。
「イイね。諦めの悪い君がとても好きだ。」
首筋に沿わせていた腕をアリスの顔に優しく絡ませる。目隠しの真似事。殆ど隠す気などなく、見るかどうか、アリスの意思に任せてくる。
肌が火照る。寝巻きの肩を滑り落したエースは、半身を起こして、そこに唇を這わせる。鼓動が早くなる。それをエースは直に確かめ、口許に笑みを湛えるとアリスの腕を引き、仰向けに引き倒した。
ナイトメアは何と言っていた?
野の獣に、喉笛に食いつかれる気持ちで、エースの口付けを受け止める。
助けてやる?
逃がしてやる?
その身は滅びるものだからと言っていたような気がする。
・・・忘れた。
でも、向けてくれるその切ない眼差しの意味はアリスにも分かる。
END
あとがき
■設定
ハトアリのエースENDから、少し落ち着いた位。
ナイトメア、アリスに片思い。
■書きたかったこと
エスアリの習作。
文章に色気を出す練習。
[XX/09/2009] Faceless.