Tom Tit Tot.-序章-

「ニミー・ニミー・ノット おまえの名まえは、トム・ティット・トット。」
 アリスの夜伽噺が最近のエースのお気に入り。
 天真爛漫を具現化したような微笑みで、ベットに座すアリスの隣に横たわりながら、耳を傾ける。
 半分枕に埋もれた顔が、いっそ可愛らしい。
 ・・・口に蜜あり、腹に剣あり。笑中に刀あり。
 呪文のようにアリスは脳内で唱え続けるのだが、教訓は生かされず、何度も禍殃を味わうハメになる。
 いつから自分はロータス・イーターになったのか。

 話を終えて、寝巻きの裾を上げてお辞儀の真似事をする。
 恋人はその隙間から手を差し入れて、アリスを白い寝台に引き倒すのだ。

 千夜一夜ごっこ。
 恋人が毎夜、隣に居てくれる為に始めたアリスの企図。
 自分の世界では子供向けのお伽話だが、エースには初耳であると推し当てる。
 余所者に会うのは初めてだ。そう、以前に聞いた。
 アリスにお姫様になりたいという願望はないのだが、シェヘラザードはちょっと特別だ。異教徒であろうと、知恵のある女性は嫌いじゃない。
 先人の知恵を拝借して、こうやって恋人の隣で眠る理由を必死で作る。

 そうやって、幾時間帯かを過ごした。
 甘えが出た。そうかもしれない。
「ねぇエース。この世界にも御伽噺ってあるの?」
「うーん・・・?常識程度なら知ってるけど。・・・そっか!アリス、君はお話しして欲しかったのか!」
 うんうんとエースはひとりで納得する。
「伽をするメイドを雇ってもいいけど、君をずっと独り占めするのは殺したくなるなぁ。」
 第一、俺は特徴のある役なしが嫌いだ。いっそ、清々しいまでに言い切る。
 アリスは異議を唱えかけたが、何を言っても聞いて貰えそうにない。
「・・・そうだな、こんな話はどうだろう?」
 咲き笑う恋人に飽きもせず手を引かれ、啄ばみ合う。
「キスが上手になった。愛情表現の幅が広がったね。・・・さて、君のお噺みたいに、教訓がある訳じゃないぜ。」
 顔を赤らめるアリスにエースが話し始めた。

Tom Tit Tot.-本章-

「暗闇に、子供が居た。」
 アリスは目を閉じて、想像力を膨らませた。
 羽根の枕より気持ちの良い、暖かな硬い枕を首に感じて。

「その子は男の子。絶えない灯りが傍らに一つ・・・」
 エースの話を聞いていたいのに、絶対的なまどろみがアリスを支配し始める。
 かすれた視界の向こう、エースの声が脳髄を支配する。

 腹が空くと、闇の奥から声がして、男の子に語りかける。
「食べ物を得る方法を教えてやる。こっちへおいで。」
 男の子は声の方に進んだ。気を失うより早く、灯りを見つけた。

 小さなパンと、瓶に水が本に囲まれた机の上にあった。
 男の子は、すぐそれを食べ、それを飲んだ。
 乾きは癒されたが、腹は満ちない。

「沢山の食べ物を得る手段を教えてやろう。動けなくなる前に、ここの本を全部読むといい。」
 また闇の奥から声がした。

 男の子は本を読んだ。知識が増えると、目の前に扉が現れる。そこを開くと、小さな森、川、海、町・・・。それらが現れ、食べ物を手に入れると扉の外に追い出された。

 道具の使い方を覚えれば、同じように手に入り、命を脅かす者も扉から現れた。
 時には、知恵の戦い。時には、心理戦。殺すことを厭うと、また若児からやり直し。

 直接刃を交わすこと、大群を率いて戦うこと、自分の為の救急救命の方法。
  寝床、酒・・・堕落と戦い、堕落を手に入れる。
 辞書を引きながら、最終的には辞書も読んだ。

「男の子は選りすぐった知識を与えられて、力をもぎ取った。」
 そして、男の子が少年と呼べる歳になった時、暗闇が無くなって・・・が与えられた。

 聞こえなかった。何?
 アリスの意識は深遠に消える。


「あれ?夢魔さん。何しに来たのさ。」
「未だ、その時じゃない。」
 ああ、ルールか。エースが悪戯に、仮面を取り出し、少しずらして顔に着ける。
「じゃ、これならルール違反じゃないね。アリスも聞いてないしさ。」
 夢魔は面白く無さそうに、シーツに突っ伏した少女を見遣る。

「・・・夢魔さんのむっつりスケベ。殺しちゃうよ。」
 何か言いたげな隻眼を装った青年は、その目を逸らす。
「・・・そうやって話す以上、私はルールを守らねばならない。」
 面白くなさそうなエース。徐に、エースはアリスをうつ伏せにして、がぱっと上掛けを捲った。
「なっ!」
 アリスの白い背中が顕になる。エースはガウンを緩く羽織り前を併せた。
 キス、キス。そして、キス。
 首筋、肩甲骨の下、そのまま唇を這わせて、ふくらみの方へ。

「・・・夢魔さんって、覗き見趣味あるよね。」
 然無顔の夢魔にわが意を得たりと、見せ付けるように。
 アリスの意識があったら、羞恥と屈辱で泣き叫ぶだろうか?

「貴様、それでも騎士か。」
 いつも、蒲柳の質の青年が、赧顔する。それでも、健康的ではない。
 負け惜しみの表情がありありと出ている辺り、少なくとも自分より甘やかされて育った証。
「残念ながら、俺は騎士だね。・・・鼻血拭いたら?前かがみなのも微妙・・・。」
 ぷいと横を向いたままの、夢魔を嗤い、顔を上げて、アリスの髪で手慰む。
 アリスを救うのも、アリスを傷つけるのも、俺だけ。それを実践しているだけだ。

「そうだな、ユリウスの話もしちゃおうかな。夜伽噺って眠る子への噺だから。」
「知らん。ただし、ルールが破綻しないように干渉させてもらう。」
「へぇ。そんなに見たいんだ。」
 咥内で悪態をつくナイトメアをエースは嘲る。

 見せ付けるように、アリスの上半身を自分の胸にずり上げて抱える。
 上掛けがそのウエストから、臀部にかけてのなだらかなラインを際どいところまでずり落ちる。
 その細腰に指を這わせ、背中を撫ぜる。

「ねぇアリス。俺がユリウスに出会ったのは、役持ちとしての義務を果たす為だ。」
 アリスの頬にかかる髪をエースが指で払う。

 ルールとはいえ、暗闇で過ごした時間が長く、土地勘なぞ無い。
「いつも居る場所にやたら起伏があって、色鮮やかだからつい目を奪われて迷ったり転んじゃったり散々だけどさ、まぁ色のある世界は悪くないよ。」
 騎士に任じられ、ルールだと知っているから時計屋に会った。

「因果な商売の役持ちのユリウスを見て、愚かだなって思ったんだ。そのくせ、役を変わる気なんて全く無くてさ、根暗に時計屋続けているなんて、どうしようもなく愚かで可愛いよね。自分に酔ってるみたいで反吐が出そうだった。」
 恨みも売れるほど買っちゃってるみたいでさ。・・・俺より腕っ節が強くなる役でもないのにね。時計屋はここしばらく、そんな奴らに殺されて代替わりが割りと頻繁だったって記録がある。
 記録から抹消されているけれど、仕事を全くしなくなって、さっさと役を外された奴も居たんだって。ま、廃人になっちゃったってことだよね。
 エースの目は遠くを見ている。

「役なしの弱い奴まで、真っ赤な憎悪の目でユリウスを見つめるんだよね。その死にたがり達の視線が群がる様が羨ましくってさ。・・・蟻が群れて象を殺すってどこかで聞いたことがあるけど、そんな感じなんだよね。」
 でも、俺には誰もそんなことをしない。髪を掻き揚げる。仮面の端のタッセルが揺れる。
「・・・一人は寂しくないけれど、仲間はずれは寂しいよな。」
 何度目か、会わなくちゃいけない時、遅れて行ったら、ユリウスが銃弾を二発浴びて、有象無象に囲まれていてさ、流石にユリウスの腕じゃ、殺されるかなと思ったんだよ。

「助けたら、ちょっと面白いかもと思ってさ、その時十人位だっけ?殺したんだ。」
 アリスはぴくりとも動かない。だらんと下がった腕が木偶人形のようだ。
 ただ、心臓がとくんとくんと、いい音を立ててエースの胸を打つ。
 それが可愛くて、ぎゅっとアリスをきつく抱きしめる。

「・・・そうしたらさー・・・助けたければ、助ければいい。お前が勝手にやることだ。なんて言うんだよね。」
 思わず、そのまま殺そうかと思ったけどさ。
「せいぜい利用してやる。なんて言うんだよ。呆れたよ。」
 そのまま、時計塔に送ってやったら襤褸(ぼろ)のローブを投げつけて寄越してさ。
「眉間に皺寄せて言うんだよ。『流石に、その騎士装束のままじゃ、時計塔を手伝わせてやることなぞできん。』・・・アイツ絶対友達居ないと思ったね。」
 いつもより、おどけた感じでエースは笑った。

「ま、俺も与えられた役に満足している訳じゃないし、理不尽に暗闇育ちな理由も知りたいし、渡りに船っていう感じ。」
 ま、気がついたらとっても気に入ってたんだよね。時計塔の手伝い。

「気がついたら、俺達、友達だったし。・・・あ、でもユリウスってば酷いんだぜ。役を降りることを模索するなんて、無駄で愚かな行為だ。なんて言うんだぜ?」
 愛おしそうに友人を語るエース。
 ナイトメアは、他人の心情を慮ったりしないが、余所者に対してだけは少し勝手が違った。
 おしまい。とばかりに、諸手を挙げて、ナイトメアをさがな者の目で見て嗤った。
 白皙の青年の顔が砂を食んだような顔をしている。
 エースは溢れんばかりの悪意を隠そうともせず。しかし、少女と共に閨の上掛けを頭から被り直した。
 ナイトメアの気配が消える。少女の意識はまだ遠い。
「・・・。」
 興が醒めた。エースは寝台から抜け出し、服に袖を通す。
 着けたままだった仮面を外し、少女に付ける。
「似合わないなぁ。」
 笑いを含んだ言葉が思わず口を衝いて出た。そのまま仮面を取り戻す。
「ごめんね。ユリウスが呼んでるから、行くよ。幼稚な計略だったけど楽しかったよ。また戻ってきたら、続きをしような。アリス。」

 部屋の片隅に控える残像に、エースは頷いてアリスの部屋を後にした。

END

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あとがき

■書きたかったこと
トトラさんから頂戴したリクエスト。
騎士になった理由とユリウスとの関係の一説の導入小説
トトラさんに捧げた「裸族エース」(爆発)

色々なパターンが思いついたのですが、短編に纏められて、エスアリ(最重要)に適度に合うのはこれかなと。
「がっつりエース話(ユリウスとの関係)」は別パターンの方が面白そうです。
エース兄の後で書こうかな〜と考慮中・・・

■自分宿題
・エース迷子属性とドジっ子属性の理由。
・「まわろうぜ、右」キャンペーン参加中→楽しく始まり、嫌な気分で終わるルール
・「使おうぜ、辞書」キャンペーン実施中→ベッドスプレッドの日本語を忘れたから(最悪)

■Tom Tit Tot(イギリスの童話)について
原文'Nimmy nimmy not Your name's Tom Tit Tot'は意訳しました。
'Nimmy nimmy not'を厳密に訳すならば'Tom Tit Tot'の背景まで厳密にやらないとアンバランスなので「決まり文句」で赦して下さい。'Your name'もそなた、お前、ぬしさま、汝・・・等、結構悩みましたヨ。

■語彙
文章を書き始めて思うこと。時々、文字コード制限に引っかかる時があります。
媒体の性質上、仕様だと思っています。
辞書に載ってる漢字位なら、不自由なく使いたいのですが、仕様だし。

・ロータス【lotus】
ギリシャ神話から。蓮ではなく。
その果実を食べると、楽しくなって忘我し、おうちへ帰るのも忘れてしまいます。
訳によっては「ロタス」とも。
[XX/09/2009] Faceless.