今日はローズティー。
昼の時間帯になったばかりの、今が一番美味しく味わえる。アリスはビバルディの為にフレッシュローズティーを淹れた。
「たまには好いの。」
嫣然と笑う、ビバルディ。
ここは、帽子屋屋敷の薔薇園。
この国に、ただのマフィアと言い張るには要員夥多な一勢力の主。それが帽子屋ファミリー、ブラッド=デュプレ。
イカレた頭とイカレた装束。・・・最もイカレているのが、彼の秘密の薔薇園だ。
誠にイカレたことに、園丁の真似事をして、これ等全て、彼一人で造りあげたということだ。・・・手入れを欠かさず、この美しい庭園を維持するのは誰の為か。言うだけ野暮だ。
ここの薔薇が自らを恥じて、枯れてしまうほどに美しいハートの城の女王、ビバルディ陛下の御為である。
女王陛下は、質素なローブにその美貌を隠しながら、それでもこの園の薔薇のいずれよりも艶やかに咲き誇っている。
薔薇園内の東屋の近く、園丁小屋がある。
どうせ、ブラッドしか使わないくせに、そこに小さなキッチンがある。
三人で過ごす時に、帽子屋屋敷の主の自らお茶を淹れて運んでくれたことがある。
自由に使っていいと言われて、アリスはそのようにした。
「・・・。」
棚に、手作りのローズシロップ。
乾燥途中のローズヒップに薔薇の砂糖漬けも小屋の中にある。
流石に屋敷で作った訳ではあるまい。あのブラッドが、手作りの薔薇のシロップをビバルディの為にここで作っていた。
はっきり聞いた訳じゃないが、ここにあるということは、誰の為にあるか想像に難くない。
・・・・・・健気じゃないか。
これだけでも充分、恥ずかしい話だが、いかんせん信じ難いので他人に伝わらない。
「どこが、殺しあう気なんだか。」
ビバルディは本気だろうが、ブラッドはよく分からない。
「ビスケット缶まである・・・」
子供が好みそうなデザイン。開けてみると、素朴な手作りのビスケットが入っていた。
勿論、紅茶もあとで淹れるとして・・・
事情を話して、ローズティーとローズシロップが主品のお茶会を始めることにした。
「アリス。白ワインで割るか?それともソーダ?勿論、紅茶でも佳いが。」
「全部。・・・お喋りのお供に、順番に楽しみましょうよ。」
屋敷の主は、昼の時間帯は具合が悪いのか今日は庭に出てくる気配がない。
・・・・・・出てきたら色々からかってやるつもりだったのに。
ブラッドは、品種改良する前の薔薇もちゃんと株を保存している。
色鮮やかで、姿の美しい薔薇はローズティーには残念ながら向かない。
品種改良前の薫り高いものから、丁寧に振り洗いして、姉が淹れた姿を思い出しながら、お茶を淹れた。
「よい香りじゃ。」
幼子のように、顔を綻ばせる女王陛下にアリスもつられた。
「こうすると、なお可愛い。」
女王陛下は、皿に盛った花びらを一枚ずつ、ティーカップに浮かべた。
「素敵・・・。」
アリスは華やいだ気分でカップに口を付けた。
穏やかな表情の女王陛下は、アリスに質問を下賜された。
「あれは未だ沢山の本を読むのだろう?」
ビバルディは素朴なビスケットを、珍しげに眺めた後、小鳥が啄ばむ様に愛くるしい姿で紅唇の奥に閉まった。
「彼の書架には沢山の本があるわ。」
「あれは幼い頃、家庭教師を殺してばかりいた情けない奴での。わらわは文字が読めるようになるものか、やや不安であった。」
ローズティーで唇を湿して、ゆるりと口を開いた。
子供を躾けるにも命がけとは嫌な世界だ。
「・・・それは、情けないわね。」
「そうであろ。まあ、男の子とはそんなものかもしれぬ。」
違うと言いたいが、この世界の常識というのは計り知れない。
「一端の読書家を気取る、今のあれが、葬り去りたいことの一つじゃ。」
ビバルディは懐かしむ目をして、カップに視線を落した。
うっとりと薔薇園を見つめながら、ローズシロップをワインで割ったものを口にする。
「・・・定番の恥ずかしい話は、初恋?」
そうだな。と、薔薇園に過去を見るビバルディに問いかける。
アリスは笑い出しそうな口許をくっと歪めて話を促した。
「男児の初恋とは、母と相場が決まっておるが、あれの初恋は違った。」
芳醇な香りと共に、零れる吐息。
淡々と話をするビバルディは慈愛に満ちた顔をしている。
解き髪に質素なローブに身を窶しても、聖母というには、零れんばかりの美貌が煌々しい。
陽光が、艶めくビバルディの髪の輪郭を飛ばす。
「あれの初恋の少女は、あれを初めて打ち負かした少女だった。」
「・・・家庭教師を殺すような男の子が?」
そうじゃ。と、ころころと玉を転がすようにビバルディが笑う。
「あれよりも強かったというだけじゃ。面白くもなんとも無い事実じゃ。」
ビバルディはこともなげだ。
「あれは健気であったよ。毎日のように理由をつけて、少女に構おうとしておった。」
花や品を送り、時には揉め事を起こして、不機嫌になってみたり。
一緒のお茶のテーブルについて、たどたどしいマナーを気取る。
「・・・本当に子供のやることね。」
微笑ましいというか、誰にでも未熟な時代があったということか。
「ま、初恋は叶わぬというのが王道で、とてもつまらぬ結果じゃ。」
「あのブラッドの猛攻を袖にしたの?」
その少女は生きてはいまい。
「そうじゃ。元々、叶わぬ恋でな。おろかな男だ。」
実弟を散々な言い様だ。
「恋は人を愚かにする。少女がお茶に誘えば、それに従い、知恵比べに負ければ、必死になって勉強をする。少女の隣に並べるように、身づくろいを欠かさず、力技に負ければ、必死に体を鍛え・・・」
同調する気にもなれないくらいの必死さだ。
「あれは、楽をするために努力してきたということを言うておる。・・・生来の努力型なのだ。本人は認めたくないであろうがな。」
ブラッドは仄暗い情熱家。白ワインの爽やかな酸味がそれを教える。
「ちなみに対して、少女は鳳雛というやつでの。」
一を聞いて十を知る。本はぱらぱらとめくれば、全て覚えてしまうような、と。
「故に、世の中に退屈をしておったのだ。」
実に羨ましい話だ。嘆息するアリスの横顔をビバルディが眺める。
ビバルディの芙蓉の眦に昔の話だという影が含まれる。
酔芙蓉と言った体か、少量のアルコールごときで、ビバルディがどうこうなるとは思えないが、少しだけ饒舌だった。
「アリス、ソーダを淹れておくれ。」
炭酸の弾ける音、グラスに溶けるシロップの水模様。
「あれは、少女と離れることを、決められた。少女が去る時、殺そうとした。」
「何て子供じみた愛。」
果たせなかったのだろうか?それなら幸いだ。命がけの愛なんて、重たすぎる。
「…そんなの、幸せじゃない。」
眉間に寄せる皺を、ビバルディが面白そうに突っつく。
・・・・・・そっくりじゃ。
面食らうような一言。
「心中願望があったのかもしれぬ。わらわには愛情なぞ良く分からんが。」
長い睫毛が伏せられ、睫毛の先に何かが灯る。
初恋の相手と同じ顔をした男が、振られるの話。奇妙な縁があったものだ。
「・・・ビバルディ、ローズのソーダのお代わりはいかが?」
「・・・懐かしい味じゃ。貰おう。」
デキャンタを包む糊の効いたナプキン。
「ま、我が愚弟はてんで叶わぬ恋をしたのじゃ。少女はあれの魔手からまんまと逃げおおせた。」
その時はな。ビバルディは聞き取れぬような小さな声でつぶやいた。
「良かったわ。今も生きているの?」
「恙のう。」
にっこりと朗らかに微笑んだ。その笑顔に魅了されて、アリスはぼうっとなる。
ブラッドの「生きて手に入れる」という、賎陋な考えを今は丁女となった少女は黙認している。まるで、鍵の開いた鳥籠のようだが、小鳥は逃げないし、籠の主は帰ってくることを信じている。
「ああ、でも、困ったわ。ブラッドの初恋の話しより、こうして、ビバルディの為に甲斐甲斐しい支度しているブラッドの方が、面白いもの。」
稚拙な悪意を舌に乗せた少女を女王陛下が鷹揚に笑った。
「そうか、面白いか。」
他人から見たら、滑稽であること。
それはどうしようもない恋。
END
あとがき
■書きたかったこと
私は、エスアリ好きであると共に
ボスの初恋はビバ様であった説を支持しています(笑)
「ビバルティと時計塔の裏切り者」と
「女王陛下と愚かな初恋」は同じ書き出しで始まります。
さて、このなかでの裏切り者と、愚かなと言われる人は
それぞれ、誰でしょうか、ね?(笑)
前半にちょっとニヤっとして貰って、後半で初恋話に落ち着く程度に整えてあります。
■世界観
薔薇園ルート途中位の話
当時の大英帝国に準拠
■ボスについて
上流階級の子息。
公爵家は絶対違うような・・・伯爵家くらい?
仄かな初恋相手のビバ様を女王陛下として召されてしまったので、国に過大な遺恨を持ち、マフィアと成り果てる(笑)
健気な人。ちゃんと薔薇園を作り上げて・・・(大笑)
近親○姦をする勇気も無いシスコン。しかし、姉とアリスに毒され薔薇園ENDへ進む
■女王陛下について
女王候補の一人として帝王学を修める。
先の女王薨去となり、女王となる。
昔の約束(ゲーム)を守るのは、ボスとのゲームが愉しいから。
罪な女。
この後ちゃんとアリスに噺の対価を要求します(爆)
[XX/XX/2009]Faceless.