すき。 すき すき すき。 あなたがすきです。 ぼくを あいして くれる あなたが すきです。 あなたも ぼくが すき。 なんて しあわせな こと でしょう。 だから、あなたをゆるしてあげます。 ぼくも、あなたにゆるしてもらえる。 なにをしても。 …なにをしても? その代償は支払ったのだから。 …でも、時々。…いいえ、あなたを愛することが正しいのだから。 ひょこり。お城の宰相様のお耳が揺れる。
「アリス、僕と踊って下さい。」 豪奢な城の晩餐広間(バンケット)に城の宰相殿の声が響く。 シンと冷えた、今は乾いた部屋。 彼の声は床を滑り、壁を震わせる。 この場に居ない少女に歩み寄り、踊りに誘う。 「あの曲を。」 空虚な楽団に申し出れば、従順にその楽曲が返答だ。 記憶の燭台に灯かりが。招待客のざわめきと、卓花の彩りも蘇る。 …ここは、愛しいアリスの居る、あの舞踏会の日。 コツンコツンと足音が天井から反響して、少し遅れてついてくる。まるで、影踏みをして戯れる子供のまじないのようだ。 この部屋には、彼一人しか存在しない。 しかし、彼にとっては、今はアリスと二人。反響音は彼にとってアリスそのもの。 「…どうか、僕とワルツを。」 ペーターが差し伸べた手の先に、追憶の少女が彼の眼前に現れる。 おずおずと、しかし、視線は真っ直ぐこちらに向けてくれる。ちゃんと応えてくれる。 惑わしの夢魔に愛された、翡翠の瞳で。 …大丈夫、まだ「鍵」は見つかっていない。迷わし神の領域から抜け出せないまま。 「…上手ですよ。アリス」 くるり、くるり、くるり。 少女らしさを残して、結い上げていない髪。 毛先がふわり、ふわりと揺れる。 「この早い曲で、脚が縺れないなんて、素晴らしいです。」 ペーターの言葉に、はにかんだ笑顔。ややして、わざと足を踏もうとする。女の子の気持ちは難しいけれど、アリスのことなら全てを受け入れようと思う。 女王陛下に下賜された、長春花のドレスを纏った、少しだけ戸惑う笑顔。 時の糸を繰れば、いつもそこに戻れる。 「あなたを愛しています…」 ペーターは追憶の少女と手を取って大広間に軽やかなステップを踏み続ける。 ハートの城の舞踏会。それは、女王陛下のルール。 この国の役持ちという有力者が一同に会し、争わない。この日ばかりは愉しむことが義務だ。 夜を徹して、踊る。語らう。 酔客も出て、ささやかに不埒を行う若い恋人達も現れる。 …汚らわしい。そう、ペーターは思う。 ああ、でもアリスが誘ってくれるならば、僕も汚れてもいい。
役持ちでない、ゲームのルールの真意を知らない貴族達は、ハートの城から発送される 馬鹿げた招待状に一喜一憂する。 母親は娘を着飾らせて、一縷の望みを託し役持ちに近づける。 運良く側女になる娘。天啓を受けて極道になる娘。下女になる娘。…遺体になる娘。 嫡子以外の貴族の子弟(ヤンガーサン)ならば、社交界での噂を調べ上げ、金持ちの一人娘を黄金に見立てて愛を囁く。 …女王陛下に目通りが叶い、己の願望越しに女王陛下を垣間見て、心奪われる憐れな男も少なくない。女王陛下に目をかけられる男は、役持ち以外はいつか断頭台に露と消えるのに。 余所者の彼女は、有力者が絶え間なく囲んだ。…少し、ルールを破りたくなった。 記憶の彼女に問いかける。 「…僕の為に練習してくれたのですか?」 僕のアリスは、赤くなって、そっぽ向いて。 「嬉しいです。アリス。」 返事は僕を抱きしめ返してくれる、その手。 世の恋人は、照れて相手を蔑(ないがし)ろにする。…後悔するくらいなら、死ねばいいのに。 僕は違います。あなただけが大切なのです。 何度でも繰り返します。あなただけを愛しています。 「…でも、どうか僕以外に触れないで下さい。」 雑菌があなたを侵蝕しようとします。勿論、穢れ無きあなたでなくても、愛しています。 知らずに雑菌まみれで、病気になってしまっては、あなたが可哀想です。 僕は苦しむあなたを見たくありません。 …二度と。 できれば? できるのです。 僕を信じて下さい。
「アリス。…ああ、そんなに乱れた呼吸をして。僕のリードが早すぎましたか?」 不安を示すと、そんなことはないと言ってくれる。 ああ、僕としたことが。あなたをリードしなければならないのに、あなたにリードされてしまいました。 「今日は人が多いです。つまりは、不浄で雑菌も多いということ…どうか、変な病気を感染(うつ)されないで下さいね。」 追憶の少女は、涙に暮れて。…でも、僕のアリスは常にそれ以外の表情だ。 「僕は幸せです。アリス。」 理解ができないと少女は眉を顰(ひそ)める。 それでもいいのです。 「…そうです。あなたを涙から救えた。つまりは、僕の愛が通じたのですね。…嬉しいです。」 城のワルツは軽妙だが上品な、どこか憂いのあるメロディ。 宵の口の、まだ軽やかな夜会のドレスの裾が思わせ振りにはためく。 艶のある弦楽器の音色は、相聞歌そのもの。 「本当は、僕以外の、あなたの笑顔を見た者は全て殺してしまいたいのですよ。」 ペーターのアリスは、彼の腕に納まって、そんなことは望まないと言う。 「…わかっています。あなたを困らせるつもりはありません。だから、殺さないでいてあげます。」 ペーターのアリス。抱きしめようとすると、すぐ腕の中で暴れて、引っかかれて。 …照れて暴れる、素直じゃない可愛い少女。 抱きしめようとすると、手応えがない、記憶のアリス。 それが少しだけ、悲しい。 「でも、それも二人に与えられた愛の試練ですよね…」 追憶の少女の髪を撫ぜる。 「…愛しい人、アリス。…今日は、いえ。今日も僕達の記念日なんです。」 毎日が、あなたが、泣かないアニバーサリー。 邪険にしても、構いません。僕があなたを愛しています。 「…そういうゲームなのですよね。…ああ、これ以上は。」 追憶のあなたにも、制限のかかる…ルール違反。全てを話してはいけない。出口に導くのは僕の本意ではないから。 「どうしましょう、アリス。僕はあなたを愛している。だからいつまでもゲームを続けています。」 強く抱きしめると、追憶の少女は掻き消えた。 「Alas, my love, you do me wrong…. ああ愛する人よ、全てを奪う残酷な人よ…」 あいしています。 あいしています。 あいしています。
to be continued...
■中休み
…痛い話。ストーカーが「今日は記念日」と何か言ってきたのは、実話。
笑い話化に迅速に対応してみる。しかし、積年の疑問。一体何の記念日だったんだ?
ストーキングは犯罪です。今更だけどさ。ペタにウサミミが無かったら、わっちは奈落に堕ちていたかもという話。
時々、途方も無くペタが可愛い時がある。イケメンは(略)
「傷は深いぞ。がっかりしろ!」そんな声が聴こえます。幻聴ヤバイ。
[04/11/2009] Faceless.