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title:チョコレート、空を跳ぶ
我が一番美しいと、花咲誇る春が続く。
ハートの城の城下町は、どこもかしこも華やかな気分に包まれている。他の領土からの観光客も多いのだ。
心揉み解されるように、お揃いのパジャマを買って帰るおのぼりさん達――特別な二人連れ――も老若問わず。
指を絡めあい、互いの瞳を覗き込み、とろとろと穏やかに湧き出でる水のようにいつまでも、飽きることなく。
「………………」
しかし、例外もある。
アリスは、冬の季節で買った製菓材料で、春の季節の城の厨房で、その胸に抱えた菓子を作っていた。
作ってから、生来の気質で「手作りって重い?」などと徐々に思い悩み始めてしまった。
とりあえず、ラッピングまで済ませたのはいいのだが、頭から追い出せども、追い出せども、どこからともなく溢れ出る羞恥心に、包みを抱えたままでいた。
「諸悪の根源はあの男だ……」
アリスは怨嗟の声で呟く。そして、現在の不自然な格好――カフェで案内されたテーブルのクロスの中に、包みを抱えて蹲っている――をするハメになったのだ。
まさかのエースが店内に迷い込んで来たのだ。ここ数時間帯、探しても見つからなかったのに! アリスは「はぁ」と小さな溜息をつく。そして、割らないように膝の上に避難させた包みに何ともいえない熱視線を送る。
「なに?それって毒入り?俺に?」
少女の心臓の鼓動が破裂寸前まで跳ね上がった。
「……なっ!……どっ!……エ、エー……」
和和。屈託の無い微笑み。青年の名前は最後まで呼ばれることはなかった。エースがアリスの桜色の唇を覆ったのだ。
「君、声が大きいよ。ちゃんと製品には『どくいり きけん たべたら しぬで』って書いておいてくれないと」
「どこの怪人よ!それ、毒入りじゃないし!そもそも、お菓子屋さんの製品じゃないし!」
エースの手を二回タップしてゆっくりその掌を下げさせ、主張を通す。
「ふーん?君の手作り?」
アリスは、ふいっと顔を逸らす。
「……シアン化ナトリウム入り?」
「だから、毒なんか入ってないってば。……あげるわよ!毒が入っていると思ったら棄てればいいじゃない!」
アリスはエースのコートの合わせ目にチョコレートの包みを押し込んだ。
「ははっ!服が乱れた!」
「…………」
プイと顔を背けたまま、アリスは指先でエースのコートの襟の端を探り、整える。
「君、複雑な顔してるなぁ……はははっ!ま、いいや。バレンタインに愛のチョコレートってこと?」
「!!なっ!!」
「バレンタインって、冬で流行ってるイベントだよな。俺、ユリウスのところに用事あってチョコレート売り場に迷い込んで知ったぜ」
少女は頬を染めて、ぷるぷると震えている。俯きたくとも、青年はアリスの小さな頤がそれ以上下に下がらないように、そっと親指を差し込んでいる。顔をこれ以上逸らせないように、そっと首筋に指も差し込んでいた。
エースのコートに乱暴に押し込んだ包みと、一房の彼女の髪にも震えが伝わった。
「……なぁ、アリス、知ってる?ここのイベント菓子はお祭り大好きなんだよ」
エースの言葉をいぶかしむより先に、ポン!とメルヘンな音がして、エースの懐からアリスのチョコレート達が飛び出した。
「なっ!」
「あの…お客様?」
アリスが小さく叫ぶのと遠慮がちに店主がテーブルクロスをめくるのが、ほぼ同時で。
「ガッ!」
『Love Always』と象ったメッセージチョコが店主の顎にクリーンヒットした。
「君のチョコって……」
少女が異議を唱えようと唇を開くと。
……
…………
………………
「……ごちそうさま」
完熟の苺のように頬を染めた少女がひとり。
END
[14/02/2011]←大嘘。[26/02/2011]Faceless.